恐怖の泉

実話系・怖い話「形見の制服」

この話は、私が幼少期の頃に起こった出来事です。

まだ札幌が戦後の荒野から発展して間もない頃に建てられた木造長屋の家に、私たち家族は住んでいました。
私のおじいちゃんは昔、郵便局員をしておりましたが、戦時中に空襲を受けた際に亡くなったのだと聞いています。
唯一の形見は、郵便局勤めのおじいちゃんが着用していた古い制服でした。

制服と言ってもあるのは帽子とコートだけ。コートの下に着る上下の服や靴はありませんでした。
殆ど写真も残っていない時代でしたから、家族は形見である制服を捨てられずにいたのだと思います。
その制服は、家の長い廊下の途中にハンガーで掛けて置いてありました。

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家の廊下は、当時子供だった私にとっては結構な長さがあると感じました。
廊下はL字になっていて、一番突き当りにトイレがあり、寝室はその反対側の突き当りに位置していました。
ですから、どうしても夜トイレに行きたくなったらその廊下を渡り、形見である制服の横を通ってトイレへと向かわなければなりません。

ある日の晩、家族みんなが寝室で寝ていると夜中に私だけ目を覚ましました。
昔に建てられた家ですから、色々建付けも歪んできており、寝室の襖もしっかり閉まらないような状態です。
隙間風もどこからか通り抜けており、寒さで目が覚めてしまった感じです。
一度目が覚めてしまうとどうしてもトイレへ行きたくなってしまい、仕方なく私は廊下を通ってトイレに向かいました。

夜中の廊下はいつも以上に暗く感じました。
今まであまり感じたこともなかったのですが、特に例の制服が掛かっている場所だけ妙に暗く見えた感じがします。
冷え切った廊下を恐る恐る歩き、その制服の掛かっている場所を通った瞬間、明らかに人の気配を感じました。

突然の異変に、思わず体が硬直します。
家族は全員寝室で寝ているのですから、そこに人が立っていること自体あり得ません。
ですが息遣いや鼓動まではっきりと伝わってくるように、誰かがそこにいたんです。

私は恐怖に堪えながら急いで廊下を突っ走り、奥にあるトイレに駆け込みました。
震えながらトイレの扉を閉めて用を足していると

ミシッ…ミシッ…

廊下からトイレに向かって人が歩いて来るような足音が聞こえてきます。
息を殺しながら廊下を伺うと、どうやらトイレの扉の向こう側で足音は止まりました。

恐怖で堪らない状況でしたが、ずっとトイレに籠っている訳にもいきません。
意を決した私は、トイレの扉を勢いよく開けて廊下を駆け抜け、寝室に戻りました。

不思議な事に、トイレでは確かに足音が聞こえていたのに、扉の前には誰も居ませんでした。廊下にも人はおろか、気配さえ消えていました。

一体さっきのは何だったんだろう…と思いながらも布団に入って寝ようとしたのですが、気が高ぶってしまいなかなか寝ることが出来ません。
すると、またミシミシと廊下を歩く足音が聞こえてきました。

先ほどと同様に、今度はゆっくりと寝室へ近づいて来ます。
そして足音は寝室の前でぴたりと止まり、今度はその襖の隙間から人が覗き込んでいるかのような目線を感じたのです。

私は恐怖でその襖の方向を見ることはできませんでした。
隣で寝ている両親を起こそうともしたのですが、身体が動かず声も出せません。
かろうじて頭だけは動かすことが出来たので、頭を寝室の入り口とは反対側に背け、見ないようにしてジッと堪えていました。

気づくと両親に起こされて、朝になっていました。
目を覚ますと、直ぐに両親が私へ尋ねてきました。

「廊下の制服、ぐちゃぐちゃになっているんだけれど。何でか知ってる?」

私はぞっとしました。
当然ながら、私は廊下を勢いよく走って寝室に戻った際に、掛かっていた制服を引っかけて落としてしたりはしていません。
廊下を見てみると、トイレの方向に制服用の帽子が、制服のコートは寝室側へと散乱していました。

恐怖でパニックになっていたとしても、制服を落としていれば流石に気づきます。
正直に昨晩の体験を両親に話すると、思いの外すんなりと両親は納得してくれたようで、後日制服をお寺に持っていきお焚き上げしてもらいました。

制服は私のおじいちゃんだけでなく、複数の郵便局職員が使っていた物だったそうです。
ひょっとすると、おじいちゃんだけでなく他の職員の方々の様々な思いが染みついていたのかもしれません。
制服を供養してからは、その廊下で同じ現象は2度と起こっていません。

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